元関脇・朝赤龍の現在!名門高砂部屋を継承した真相と朝青龍との絆
大相撲の歴史において、数々の名横綱や大関を輩出してきた名門中の名門・高砂部屋。その伝統ある部屋を現在率いているのが、第8代高砂親方こと元関脇の朝赤龍(あさせくりゅう)です。卓越した足技と鋭い投げ技で土俵を沸かせた名技能派力士は、現役引退を経て師匠となり、現在も相撲界の第一線で存在感を放ち続けています。
モンゴル出身力士として初めて名門・高砂部屋の師匠の座を継承した経緯や、日本国籍取得の舞台裏、さらには高校時代からの盟友である元横綱・朝青龍との特別な絆など、ファンが気になるトピックが数多く存在します。2026年現在の朝赤龍の活動、弟子育成の手腕、そして気になる人物像について詳しく紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:元関脇・朝赤龍は2020年に名門・高砂部屋を継承し、第8代高砂親方として元大関・朝乃山ら多くの弟子を精力的に指導中。
- 要点2:2016年に日本国籍を取得(本名:朝石太郎)。先代親方(元大関・朝潮)からの絶大な信頼と誠実な人柄が高砂部屋継承の決め手となった。
- 要点3:明徳義塾高校時代からの同期である元横綱・朝青龍とは無二の親友であり、現在も互いをリスペクトし合う強固な絆で結ばれている。
【現在と経歴】元関脇・朝赤龍の本名と歩み|名門・高砂部屋を率いる8代親方の今
現在、8代高砂親方として部屋を統括する朝赤龍は、1981年8月7日生まれ、モンゴル・ウランバートル出身です。本名はバダルチ・ダシニャム、日本国籍取得後の日本名は朝石 太郎(あさいし たろう)となっています。
相撲界に入門するきっかけとなったのは、高知県の名門・明徳義塾高校への相撲留学でした。同級生には後に第68代横綱となる朝青龍がおり、2人は高校相撲で頭角を現した後に大相撲の世界へと飛び込みます。2000年1月初場所で若松部屋(現・高砂部屋)から初土俵を踏むと、持ち前の器用さと鋭い立ち合いを武器に番付を駆け上がりました。
現役時代の最高位は西関脇(2007年5月場所など)。三賞受賞歴は技能賞2回、敢闘賞1回を誇り、特に内掛けや出し投げなどの多彩な技は「相撲巧者」として玄人ファンからも絶大な支持を集めました。現在は師匠として、土俵下での勝負審判を務めるほか、元大関・朝乃山をはじめとする関取衆や若手力士の育成に全力を注いでいます。
名門・高砂部屋の継承理由と日本国籍取得|先代朝潮が託した「信頼」の真相
外国出身力士が角界の伝統ある名門部屋を継承することは、相撲界において極めて大きな出来事でした。朝赤龍が名門・高砂部屋の跡を継ぐことになった背景には、本人の真摯な相撲道への向き合い方と、先代親方(元大関・朝潮の長岡末弘氏)からの深い信頼がありました。
相撲協会の規定により、親方(年寄)として部屋を持つ、または継承するためには日本国籍の取得(帰化)が必須条件となります。朝赤龍は引退を見据えた2016年4月に日本国籍を取得。日本人として相撲界に骨を埋める覚悟を固めました。
2020年11月、先代高砂親方が65歳の停年(定年)を迎えるにあたり、部屋の師匠の座を朝赤龍(当時、年寄・錦島)へ譲る継承が行われました。数ある候補者の中で朝赤龍が選ばれた最大の理由は、「誠実で裏表のない人柄」と「部屋の力士たちに対する面倒見の良さ」です。先代は生前、「ダシニャム(朝赤龍)なら安心して部屋を任せられる」と周囲に語っており、伝統の重圧を受け止められる器量を高く評価されての継承でした。
引退理由の真相と土俵人生の幕引き|度重なる怪我と戦い抜いた土俵
朝赤龍が土俵を去ったのは2017年5月場所のことでした。幕内通算58場所を務めた実力者でしたが、現役晩年は度重なる怪我との戦いを強いられました。
特に首や腰、膝の痛みが深刻化し、得意の俊敏な動きや足技が影を潜めるようになります。関取の座(十両)から幕下へと番付を落としてもなお現役を続行した姿は、多くのファンの胸を打ちました。幕下に落ちた元三役力士は早期に引退を決断するケースも少なくありませんが、朝赤龍は「相撲が取れる喜び」を噛みしめるように土俵に上がり続けました。
しかし、身体の限界は確実に近づいていました。2017年5月場所、幕下の地位で土俵を務めた後、現役引退を発表。引退会見では「悔いはありません。入門した時はここまで長く相撲を取れるとは思っていなかった」と晴れやかな笑顔で語り、17年間にわたる現役生活に静かに幕を下ろしました。
朝青龍との特別な絆|明徳義塾時代から続く「無二のライバル兼親友」
朝赤龍を語る上で欠かせない存在が、同期入門であり同い年の元横綱・朝青龍です。2人の関係は単なるライバルを超えた、唯一無二の戦友と呼べる深い絆で結ばれています。
10代半ばでモンゴルから共に海を渡り、言葉も文化も分からない日本の高知で苦楽を共にした2人。相撲部での厳しい稽古や寮生活を支え合い、若松部屋への入門も同時でした。激しい気性で土俵を席巻し平成の大横綱へと登りつめた朝青龍に対し、朝赤龍は冷静沈着に技能を磨き、三役力士として角界を支えました。
現役時代、朝青龍が土俵内外で注目を集めてプレッシャーに晒されていた時期も、朝赤龍は変わらぬ態度で良き相談相手であり続けました。朝赤龍が高砂部屋の師匠に就任した際にも、朝青龍はSNSやメディアを通じて心からの祝福とエールを送り、親友の晴れ舞台を誰よりも喜んでいます。
弟子・朝乃山の復活劇と師匠としての手腕|ネット上の評判と温かい指導スタイル
8代高砂親方としての指導力は、相撲関係者やファンの間でも非常に高い評価を得ています。その手腕が最も試されたのが、部屋の看板力士である元大関・朝乃山の処分と再起に向けた道のりでした。
コロナ禍における不祥事で朝乃山が6場所の出場停止処分を受け、三段目まで番付を下げた際、師匠として就任直後だった高砂親方は厳しい処分を受け止めつつ、朝乃山を精神的・肉体的に全力で支え続けました。腐りそうになる弟子を温かく見守り、徹底した基本稽古を課して再起への道筋を整えたのです。
ネット上の反応や相撲ファンの評判を見ても、「高砂親方の温厚で芯の通った指導力は素晴らしい」「弟子一人ひとりの個性を伸ばす名師匠」と称賛する声が目立ちます。プライベートではモンゴル出身の妻と家庭を築き、良き父親としても知られており、その穏やかで包容力のある人柄が部屋全体の明るい雰囲気作りにつながっています。
【朝赤龍】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:朝赤龍の現在の役職と日本名は何ですか?
A1:現在は日本相撲協会の年寄「第8代高砂親方」として、高砂部屋の師匠を務めています。日本国籍取得後の日本名は「朝石 太郎(あさいし たろう)」です。
Q2:外国出身力士である朝赤龍が名門・高砂部屋を継承できた理由は?
A2:2016年に日本国籍を取得していたことに加え、現役時代から見せていた誠実な人柄と後輩想いの姿勢が、先代親方(元大関・朝潮)から深く信頼されていたためです。相撲道に対する真摯な姿勢が高く評価されました。
Q3:元横綱・朝青龍とは現在どのような関係ですか?
A3:明徳義塾高校時代からの同級生であり、現在も親交が続いています。朝赤龍の親方就任時にも朝青龍が祝福のメッセージを送るなど、互いを深くリスペクトし合う親友関係を維持しています。
まとめ:名門・高砂部屋の伝統を守り次代へ繋ぐ朝赤龍の挑戦
土俵を巧みな足技で沸かせた技能派関脇から、大相撲を代表する名門部屋のトップへ。朝赤龍が歩んできた道は、誠実さと相撲への純粋な情熱が生み出した唯一無二のキャリアです。
朝乃山をはじめとする所属力士たちの活躍や、新たな関取の育成など、師匠としての責任と期待は年々大きくなっています。古き良き伝統を守りながらも、現代に即した温かく論理的な指導で部屋を前進させる第8代高砂親方。土俵の歴史に新たな一ページを刻み続けるその手腕から、今後も目が離せません。 (出典: 朝 赤 龍(Yahoo!ニュース))