ホッテントットとは?差別用語となった背景とコイコイ族の真実
世界史の教科書や古い文学作品、あるいは有名な早口言葉のテキストなどで「ホッテントット」という奇妙な響きの言葉を目にしたことがある人は少なくないはずです。かつては南アフリカの先住民族を指す一般的な名称として流通していましたが、現在のメディアや公教育の場ではほとんど耳にすることがなくなりました。
実のところ、この呼称には根深い植民地支配の歴史と差別的な意味合いが含まれており、現代では明確に使用が忌避されています。彼らの本来の名称である「コイコイ族」の実態や、見世物としてヨーロッパに連れて行かれたサラ・バートマンの悲劇を含め、この言葉がたどった歴史的経緯と現在の位置づけを詳しく紐解いていきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「ホッテントット」は南アフリカ先住民族「コイコイ族」に対するオランダ人入植者由来の蔑称であり、現在は放送禁止・差別用語として使用されない。
- 要点2:独特の吸気音(クリック音)を「どもり」と嘲笑した語源を持ち、見世物にされた「サラ・バートマン」の悲劇など人種差別の象徴となった歴史的背景がある。
- 要点3:現在は狩猟採集民のサン族とあわせて「コイサン人(またはコイコイ族)」と呼ぶのが国際的な標準である。
【基礎知識】ホッテントットとは何を指すのか?言葉の意味と語源
かつて「ホッテントット」と呼ばれていたのは、アフリカ南部(現在の南アフリカ共和国やナミビア周辺)に数千年前から暮らしてきた先住民族です。彼ら自身の自称は「コイコイ(Khoikhoi)」であり、現地の言葉で「真の人間」「人間の中の人間」を意味しています。
では、なぜ彼らが全く異なる「ホッテントット(Hottentot)」という名で世界に知られるようになったのでしょうか。その発端は17世紀半ばのオランダ人によるケープ植民地建設に遡ります。コイコイ族が話す言語には、舌を鳴らす「吸気音(クリック音)」が豊富に含まれていました。これを聞いたオランダ東インド会社の入植者たちが、オランダ語の「吃音(どもり)」「口ごもる者」を意味する俗語「Hottentot」をもとに名付け、侮蔑を込めて呼ぶようになったのがホッテントットの語源です。
つまり、この言葉は民族自らが名乗った名前ではなく、入植者が勝手に押し付けた蔑称に過ぎませんでした。言葉自体に他者を下に見るニュアンスが最初から埋め込まれていたのです。
なぜ差別用語に?現在この言葉が使われない決定的な理由
現在、日本の主要メディアや国際的な学術機関において、「ホッテントット」は人種差別的な呼称として使用が厳しく控えられています。その理由は単に「語源がからかいだったから」という軽微な話にとどまりません。南アフリカ先住民族が受けた過酷な植民地支配の歴史そのものと結びついているためです。
オランダ人(後のボーア人・アフリカーナー)が入植すると、牧畜を営んでいたコイコイ族は土地と家畜を奪われ、伝染病の流行も重なって人口が激減しました。生き残った人々も農園での過酷な労働力として隷属させられ、独自の文化や言語コミュニティを徹底的に解体されていったのです。
19世紀から20世紀にかけて優生思想や人種隔離政策(アパルトヘイト)が形成されていく過程で、「ホッテントット」という呼称は「文明から取り残された劣等な野蛮人」というステレオタイプを強化するラベルとして機能しました。こうした歴史的背景から、現代においてこの言葉を公の場で使うことは、過去の非人道的な人種差別や植民地主義の暴力を無批判に肯定することにつながると見なされ、使用が完全に廃止されました。
「ブッシュマン(サン族)」との違い|混同されがちな先住民族の区分
古い教科書や読み物では、「ホッテントット」と並んで「ブッシュマン」という言葉も頻繁に使われていました。両者はしばしば混同されますが、本来は生活形態や社会組織が異なる別の民族グループです。
決定的な違いは生業にあります。コイコイ族が牛や羊を育てる「牧畜民」であったのに対し、「サン族(旧称:ブッシュマン)」は少人数の集団で獲物を追う「狩猟採集民」でした。身体的特徴や言語的な類似点(クリック音の使用など)は多いものの、生活様式には明確な境界が存在していました。
なお、「ブッシュマン(Bushman)」という言葉もまた、オランダ語で「藪(やぶ)に住む人間」を意味する侮蔑的なニュアンスを含んでいたため、現在では「サン族」あるいは両者を包括した「コイサン人(Khoisan)」という名称に統一されています。人種学的・歴史的文脈を語る際にも、旧来の蔑称を用いないのが国際基準です。
歴史の悲劇「ホッテントット・ヴィーナス」サラ・バートマンの数奇な生涯
この呼称にまつわる最も痛ましい史実として、世界的に知られているのがサラ・バートマン(Sarah Baartman)の生涯です。
1789年頃に生まれたコイコイ族の女性サラは、1810年にイギリスの軍医らに連れ出され、ロンドンやパリで見世物として興行にかけられました。当時のヨーロッパ白人社会は、彼女の際立った身体的特徴(臀部が大きく突き出る「脂肪臀症」など)を好奇の目で消費し、彼女を「ホッテントット・ヴィーナス」と呼んで嘲笑の対象にしたのです。
サラは檻に入れられて観客の前に晒され、人権を完全に剥奪されたまま1815年にわずか26歳前後で病死しました。しかし悲劇は死後も終わりませんでした。当時の著名な解剖学者ジョルジュ・キュヴィエによって彼女の遺体は解剖され、脳や生殖器のホルマリン漬け標本、骨格標本がパリの人類博物館で1970年代まで一般展示され続けたのです。
この非人道的な扱いは、アパルトヘイト撤廃後の南アフリカで大きな問題となりました。1994年、ネルソン・マンデラ大統領がフランス政府に対して遺体の返還を公式に要請。長い外交交渉の末、2002年にサラの遺骨は南アフリカの故郷へ帰還し、国民的な追悼の中で埋葬されました。彼女の物語は、植民地主義が生んだ女性搾取と人種差別の極致として、いまも世界中で語り継がれています。
文学作品や古典教科書で見かける場合の受け止め方と現在の呼称
現代では使われない言葉であるにもかかわらず、私たちが日常でこの言葉に遭遇するケースがあります。その代表例が、過去に出版された古典文学の翻訳や、有名な早口言葉「ホッテントットの首領の狩りの話(オーストリアの作家クリスティアン・モルゲンシュテルンの詩に由来)」です。
現在流通している書籍では、差別的な表現を避けるために以下のような措置が取られています。
・表記の差し替え:新装版や改訂版では「コイコイ族」「コイコイ人」に修正される。
・注釈の付記:歴史的資料性を重視して原文ママとする場合、巻末や欄外に「当時の時代背景に基づく表現であり、現在は差別用語である」旨の解説を明記する。
古い作品に登場する語句を現代の価値観だけで完全に抹消するのではなく、「なぜその表現が生まれたのか」「どのような暴力性を帯びていたのか」という背景を正しく理解した上で読み解く姿勢が求められています。
【ホッテントットとは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:現在、南アフリカのこの民族を指す正しい呼び方は何ですか?
A1:民族個別の名称としては「コイコイ族(またはコイコイ人)」、狩猟採集民のサン族と包括した先住民族全体を指す場合は「コイサン人」と呼ぶのが正確かつ適切な表現です。
Q2:古い本を音読したり、早口言葉として口にしたりするのは問題ですか?
A2:法律で罰せられるわけではありませんが、言葉の成り立ち自体に「身体的特徴や言語への嘲笑」が含まれているため、公の場やSNS等で無自覚に発信することは避けるのが賢明です。アナウンサーの研修テキストなどでも、現在は別の題材への差し替えが進んでいます。
Q3:なぜ17世紀のオランダ人はそんな名前をつけたのですか?
A3:彼らが話すコイサン諸語特有の「クリック音(舌打ちのような音)」が、当時のオランダ人には「言葉ではなく意味不明な音・吃音」に聞こえたためです。異文化への無理解と優越感から生まれた命名でした。
まとめ:言葉の背景にある歴史を知り、正しい呼称のアップデートを
「ホッテントット」という言葉は、単なる古い外国語の単語ではなく、大航海時代から続くヨーロッパの植民地支配、先住民族の抑圧、そして人種差別の記憶が生々しく刻まれた歴史の痕跡です。
時代とともに言葉の妥当性は見直され、かつて当然のように使われていた蔑称は、先住民族本来の尊厳を取り戻す「コイコイ」「コイサン」という自称へと置き換わってきました。言葉の背後にある文脈やサラ・バートマンのような歴史的悲劇を正しく知ることは、現代の情報社会を生きる私たちにとって、偏見を排した公平な視点を持つための重要なステップと言えます。 (出典: ホッテントット と は(Yahoo!ニュース))